高橋美登里(たかはし みどり)さん
高橋美登里さん(南区大野台在住)
着装・礼法講師として教室を開催する傍らで、有志を募り東日本大震災で被災し市内をはじめ近隣に避難されている方へ着物姿で撮影をし、アルバムの1ページ目に添え差し上げる活動をされています。
活動を始められたきっかけは?
東日本大震災の後、写真やアルバムを探されている被災者の姿をテレビで見て、この方々がなくされたのは写真やアルバムという“品物”ではなく“大切な思い出”だと感じました。仕事柄、3月は成人式で撮影した写真が出来上がる時期であるとふと思い、「届いたばかりの大切な写真をなくされたご家庭もあるのでは」、「そんな方々に私ができることは何か」と考えたのがきっかけです。
一人ではできない活動ですよね。高橋さんのお気持ちを形にするには色々とご苦労もあったのではないですか?
仕事を通じて知り合った美容師やメイクアップアーティスト、カメラマンに自分の思いを話すと、皆が共感してくれ、ボランティアでの協力の手がすぐに上がりました。
その後企画書を作成し貸衣装会社やアルバム会社に無償で提供いただけないかと交渉したのですが、「どこに何人くらいの方が避難されているのか」、「どのくらいの方を対象とするのか」といった質問に答えることができず、自分の企画の浅はかさを反省しました。必死で調べ、何度か交渉した中で衣裳については町田市内の会社からご提供いただける運びとなりました。ただアルバムについては、どこも「趣旨には賛同するが、企業の立場上、特定の活動にのみ提供するわけには…」と良い返事を頂くことができませんでした。
お届けしたアルバム |
アルバムは自費でご用意されたのですか?
無償での提供をあきらめ“これが最後”と決め格安でお譲り頂けないかとある会社へ出向きました。担当者とお話をしている中で、その方ご自身も関西支社勤務の時に阪神淡路大震災を経験したお話をされ、会社の名前を絶対に出さないことを条件に50冊のアルバムの無償提供をご提案頂きました。本当にありがたかったです。頂戴した50冊は、必ず全て必要とされるご家庭にお届けしようと決意しました。
2011年の7月、当時避難所に指定されていた川崎市等々力アリーナでの開催を皮切りに、以降数か所で撮影会を開催してきました。これまでに家族全員で、ご夫妻で、成人式や七五三の記念に…と、撮影会に臨まれた49組の方へ応援メッセージを添えてアルバムをお届けすることができました。
相模原でも撮影会を開催されました。
2011年の12月と翌年の4月に相模原市社協のご協力を頂いてあじさい会館で開催しました。命からがらの経験をされてきたお話等を耳にし、皆さんがそれぞれに大変な思いをされてこられたことを実感しました。また撮影を終え、帰り際に三つ指をついてお礼をされるご婦人の姿は今でも目に焼き付いています。とても恐縮しました。
洋服ではなく、着物姿での撮影に寄せる思いとは…
私自身、日本人は着物を着ることで「生きている」という実感や力を湧かせることがきる、民族衣装である着物にはそのような作用があると考えています。これは桜を見たときに感じるあの感覚のように、私たちが共通に持っているDNAのようなものではないかと思うのです。避難生活を余儀なくされている方に着物を着ていただくことで、前を向いていただけるきっかけになればとの思いがあります。
活動を通じて気づいたことや感じたことは
ボランティアはお困りの方に“して差し上げるもの”という認識でした。でも実際にこの活動を通じて逆に元気や勇気をいただいたのは私たちの側だと気づきました。
また大変な経験をされながらも一生懸命に前を向こうとされている方々に接したことで、この先私自身に何か困ったことがあったとしても「私も頑張らなければ」と考えることができるのではないかと思います。本当に貴重な経験をさせて頂いたと思います。
高橋さんに届いたお礼の手紙 |
震災から2年が過ぎました
お届けしたアルバムの2ページ目以降に素敵な思い出が続くことを願っています。またありがたいことに私たちの活動がテレビ番組で取り上げられ、その後視聴者からアルバムのご提供も頂きました。最初に頂戴した50冊はほぼお届けすることができましたが、今後は手元にあるアルバムをお届したいです。またこれからもどのような形ででも、出来る事を続けていけたらと思います。
着物姿がとてもお似合いな高橋さん。震災から数か月の間に準備を進め、以降今日まで活動を続けてこられたバイタリティーや志しの高さに、ただただ頭が下がる思いでした。避難されている方へアルバムをお届けするこの活動は引き続き行っていられるとのことです。ご希望の方はこちらをご覧ください。