齋藤 宮子さん(2009年12月)
齋藤 宮子(さいとう みやこ)さん
昭和33年、藤野町生まれ。7歳まで藤野町で過ごし
転居。15年前に生家のある藤野町へ戻り住む。
現在、相模原市認定保育室「のびるっ子」の運営、
高齢者サロン「篠原のびのびクラブ」ボランティ
ア、ふじのキッズシアター、民生委員児童委員な
ど子供からお年寄りまでの幅広い年齢を対象に藤
野町地区で活躍されています。
大切にしたい~人と人とのつながり~
地域で活動されることになったきっかけについて教えてください。
藤野町が好きで、結婚後しばらくして生家のある藤野町へ戻ってきました。
生家は貸家にしていたので、別に家を建て忙しくしていた頃半ばあきらめていた子供を授かることができました。
子供が生まれたことをきっかけに、当時町社会福祉協議会で力を入れていた子育てサロン「アップル広場」に参加するようになりました。当時は30組ほどの親子が参加してとてもにぎやかで楽しかったのを覚えています。
地域の子育て問題を解決した経過について教えてください。
サロンに参加していたのは仕事を再開するまでで、子供が2歳半からは私立保育園(現在は閉園)に通園していました。年長になった頃、閉園についての話があり、保護者・保育園OB・職員で話し合いを行い、「保育園の存続!」という方向で意見がまとまりました。その結果、地域の方の協力とご理解を得て、私の地元である篠原地区で廃校になる篠原小学校の跡地で保育室「のびるっ子」を立ち上げ、運営することになりました。それが、現在の仕事となっています。
新たな活動参加へのきっかけは何ですか?
また、14年前、当時藤野町ではスポーツは盛んだったのですが、子供が文化的な部分で自己表現できる場が少ないと感じていた折、子供が在園していた時の保護者で舞台に携わる方の協力をいただき「ふじのキッズシアター」を始めました。このシアターは、転校生など孤立しやすい子供たちの自己表現の場や居場所としても機能しています。
また、平成14年2月に篠原地区で高齢者サロン「のびのびクラブ」が初めて開催された時に、たまたま会場に伺ったところ、「ボランティアに来ませんか。」とお誘いを受け、それから篠原地区でサロンボランティアとして活動しています。今では奥牧野地区でも他のボランティアと交互に活動をしながら民生委員児童委員としても活動しています。
ボランティア活動や地域の活動を通して大事にしていることは何でしょうか。
「ふじのキッズシアター」の活動もそうですが、まずは「やりたい」という気持ちですね。あとは、参加される方を尊重して、それを伝えてくれる気持ちや要求をくみ取ることを特に大事にしたいと思っています。それは、言葉の話せない1歳の子であっても、80歳を過ぎたお年寄りでも同じです。人として向き合うという姿勢です。もちろん自分の気持ちも大事ですよ。そして、その時に自分のできる最善のことをしたいと思っています。
さまざまな活動をしていて励みになっていることは何ですか。
「ふじのキッズシアター」を立ち上げた当時から関わっていた仲間が現在21歳前後になり、今回OBとして劇団を立ち上げました。もちろん、大人もお手伝いはしますが、励みや刺激になります。保育園の子供たちにしても、キッズシアターの子供たちにしても、子供から教わることは多いですね。子供たちはまっすぐですから。
あとは、地域の方々から「宮子ちゃん頑張ってるなぁ」などちょっとした声をかけてもらえるのはとても励みになっています。地域で見守っていてくださる人がいるというのは大きいですね。
毎日がとても忙しそうですが、活動を続ける秘訣は何ですか。
藤野に帰ってきた当初より、忙しいですが、毎日すごく楽しいです。勿論、忙しかったり疲れている時もありますけれど、義務とか決められた事「○○○しなければならない」ではなく自分がやりたいことをしているつもりです。
仕事をする上ではそうも言っていられないときはありますけれど。仕事以外では、自分に嘘をついているようで、マイナスの気持ちになってしまうんです。藤野に帰ってきて強くそう思いました。人に優しく、自分にも優しく(笑)で活動しています。
今後の抱負をお聞かせください。
どの活動もできるだけ長く続けたいと思っています。子供たちの成長も楽しみですし、子供たちもお年寄りも個人を尊重し見守りながら、息切れしないように活動していきたいです。